勧誘・セールスの迷惑電話を撃退(私の対処法)
本日の午後、楽しみにしていた真田丸の再放送を観ていた時に電話がありました。
名古屋駅前のマンションを今、購入すると資産価値があがるので、数年後に転売すれば相当な利益が期待できる‥‥という話を一方的に話してきます。
電話の向こうには、きっと不正入手した個人情報に基づき、私以外の家にも他の人間が勧誘電話の会話をしている声が聞こえる 典型的な 勧誘・セールスの迷惑電話 な雰囲気でした。
興味が全くない! と言っても、相手は電話を切って引き下がろうともしなければ、下手な対応をすれば、因縁をつけられて不愉快な思いをします。
一応は、私も全く関心がない旨を伝えても、全く意に介さずに一方的に話し続けようと相手はしてきます。
ここは敢えて 抗わず に、次のように私は伝えました。
「私は全く興味がありません。しかし、貴方にもお仕事上のメンツもあるでしょうから、直ぐに私に電話を切られるのも困るでしょう。どうぞ、私はいつまでも、お付き合いしますから、ご自身でご納得いただくまで、電話で話をしていただき、もう十分だと感じられた時に、一方的に(そちらで)電話をお切り頂いて構いませんので、気が済むまで、どうぞ、お話下さい!」
と言いました。
相手は一歩的に(いかに素晴らしい投資話なのかを)電話で話をしています。
私は相槌など、勿論しません。
電話を常に耳にあてて話を聞いている訳でもなく、途中で電話を置いてトイレに行ったりもしていました。
通話時間7分42秒。遂に諦めて、相手が電話を切ったようです。
この手の迷惑電話で共通して言われることに、こちらから一方的に電話を切ると、逆上して、繰り返して電話をしてくる場合もありますが、このように電話をしてきた相手に自分から電話を切らせれば、再び電話をしてくることはありません。
腸内細菌全体の75%は日和見菌だそうです。
人間は善人と悪人だけではない‥‥というBLOGに対して、早速に私の本名を知っている友人から直接から素晴らしい言葉を頂戴したのでBLOG化させてもらいました。
私のBLOGは 腸内菌の善玉菌と悪玉菌と日和見菌 と同じだとコメントを下さりました。
腸内の細菌の大多数が善でも悪でもない 日和見菌 ということも、善人や悪人よりも 理屈屋 の方が多数だというのも似ていると言ってくれました。
友人のコメントが鋭く深いものなので、紹介させていただきます。
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環境が良いと日和見菌は良い菌になって、環境が悪くなると日和見菌は悪い菌になるようです。
それって、当に人間の世界と一緒ですよね。
でも、人間には知恵があります。
日和見菌と一緒では困る訳で、良識をもった行動が求められていると思います。
もしかして、菌の方が合理的だったりして…最近の社会情勢を観ていると、そう感じる時もあり哀しいです。
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私も意見を下さった友人も医学の専門家ではありませんが、分別がある‥‥と言われる人間の方が細菌より劣るのであれば、本当に哀しい話です。
人間は三種類に分類される 善人と悪人と‥‥もう一つは?
http://blog.goo.ne.jp/pizzica0912/e/0c2047129cca966ac11f3b10e6263c6d
私が日和見菌について参考にさせていただいたURLは下記となります。
http://zendamakin.jp.net/hiyorimikin.html
サワコの朝に出演された脳科学者の中野信子さんのIQは148以上
お名前程度しか存じあげていなかった脳科学者の中野信子さんが23日のTBS系の阿川弘之さんのお嬢様の阿川佐和子さんのテレビ番組「サワコの朝」に出演され、そのお人柄や偉大な学問的功績を知り、とても面白く番組を観させていただきました。
番組冒頭で、日本人の平均IQが106〜110、東大生の平均IQが120といわれる中で、ご自身も東大卒の中野信子さんはIQは148以上という驚異的な頭脳の持ち主だと紹介されました。
私が掲載中の 「心の偏差値」 というシリーズの第01話の冒頭で
知能指数が30近く違うと会話が成立しない という言葉を記しています。
・シリーズ「心の偏差値」の第01話、銀閣寺の写真を載せたBLOG記事のURLとなります。
この理屈からすれば、148もの高い知能指数の中野信子さんは、 周りの人との会話が成立しなかった筈 で、ご出身の東京大学の半分程度の仲間とは会話が成立しなかった筈で、その辺の真偽がどうだったのかが気になりました。
番組では、その辺の回答も明かされていました。
「実は私、学生時代の頃から友人がいないで孤独で友人が全くいなかったのです。
その辺を解明したくて、中学生の頃に学問を極めて探求してみたいと思うようになった‥‥」
とのご本人の告白がありました。
‥‥やはり、知能指数が高すぎても、周りの人間と噛み合わない苦労 があるのだと思いました。
しかし、それと同時に、その溝を究明するために学者を目指して学者になって成功し、今では(知能指数が離れた)一般人との会話も成立させられるという素晴らしい話を番組で聴かせてもらいました。
「知能指数」 ・ 「心の偏差値」 いずれの場合でも、大きく離れている人との会話などのコミュニケーションの成立は、現実問題として、かなり難しいことがわかりました。
また、同時に、それを解決するための鍵も、おぼろげに見えてきたような気がしました。
それは、きっと 徳 なのだと‥‥。
徳を磨くことが、とても重要なことだと‥‥‥。
素晴らしい番組を観て、自分自身がもっと鍛錬しなければ‥‥と思った次第でした。
中野信子さんの公式BLOGのURLです。
http://ameblo.jp/nobukonakano/
番組出演に関する関連記事のURLです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000001-maiall-ent
日本人男性の優しさの証 小正月の風習を紹介します
正月にも大正月と小正月があるのをご存知でしょうか?
それぞれの期間については、様々な解釈、諸説がありますが、概して言うならば、現代の日本人が言っている元日から始まる正月が 大正月 で、大正月の終了後の1月15日を中心とするのが 小正月 です。
神様やご先祖様の霊を敬うような行事が多く行われる大正月に対して、小正月では豊作祈願などの農業的な事柄や家庭的な事柄の行事が多く行われ、小正月では男性が代わりに家事などを行い女性に休んでもらう風習が続けられていた地方もあるとのことです。
また、かつては小正月に 元服の儀 を執り行われていたことから1999年までは1月15日が成人の日と定められていました。(2000年以降は1月の第2月曜日)
また、小正月には、小豆粥 を食べる習慣もあり、小豆粥のつくり方は下記のURLに載っていましたので、私も読んで参考にさせていただきました。
https://www.bioweather.net/recipe/0901n/r0901n_06.htm
昨日(1月15日)は、お粥の代わりに我が家では、赤飯を炊いて仏様にもお供えしました。
的中率15%の占い師をスカウトした王様の話
時代は中世。 とある国の王様の話です。
宿敵の隣国と最終対決をすべき時が迫ってきたかもしれない‥‥と感じた王様は、戦(いくさ)をすべきかどうかの決断に迫られていました。
この戦に負けてしまえば、国が滅んでしまう重大な戦いです。
今が、開戦すべき時なのか否か、決断を下せずに、王様は悩んでいました。
どうしても、自分では決断を下すことが出来ない王様は、部下たちに、国中より 占い師 を3日以内に探してくるように命令しました。
3日後、部下たちが探してきた占い師は2名。
一人は的中率70%と言われる占い師で、もう一人は的中率15%しかない占い師でした。
王様は 満面の笑み を浮かべて喜び、的中率15%の占い師を迎え入れました。
「どうして的中率が15%しかない占い師を王様は喜んで雇ったのか‥‥」 と、不安がる部下たちをよそに、王様は、「今は戦(いくさ)をすべきではない!」 と言い張る占い師の意見を無視して、攻め入って勝利して、隣国を滅ぼす大勝利を獲得したのでした。
もう、お解りと思いますが、15%の占い師の言うことの逆を行えば、85%の高確率 で成功することが出来るのだから、何とも頼もしい占い師なのです。
心に残る大河ドラマ「炎立つ」第二部
2016年の大河ドラマ「真田丸」が明日より放送される予定で今から楽しみです。
過去の大河ドラマを思い出してみても、2008年の 「篤姫」 など、ドラマも音楽も素晴らしい作品が、いくつも浮かんできますが、その中で、強いて私の一番を挙げるならば‥‥。
日本の歴史の中でも決してメジャーとは言い難い、奥州藤原氏 を扱った 「炎立つ(ほむらたつ)」 を挙げたいと思います。
一月からスタートして年末に終わる大河ドラマの中で、1993年7月からスタートして1994年3月する変わった放送日程で、期間も9ヶ月と少し短いだった異色の大河ドラマ。
しかも、更に第1部から第3部に、異なる時代の物語りから構成されているため、各部の主役と主演の俳優も異なる独立した物語でした。
私の中で、村上弘明さんが主演された、初代奥州藤原氏の 藤原清衡 の生涯の物語の第二部が、特に深く印象に残っています。
後三年の役を扱った物語で、とても面白かったです。
今年(2016年)の大河ドラマは、私の中で、とても興味のある家の一つ 真田家 を取り上げた物語なので、とても楽しみにしています。
お人好しのB型はO型の上から目線の言葉にちゃんと怒るべきです!(笑)
先日、少し離れた席の年配女性3人組の大きな声が聞こえる喫茶店でのこと。
「B型って、他人に関係なく、思いを貫くよね?」
「B型って色々言われるけど、私、嫌いじゃないよ?」
「うん、私も嫌いじゃない。 面白いし‥‥。」
世間から、色々と言われるB型です。
O型の人間はB型には好意的で、B型のことを認める傾向があると、世間では言われています。
その意味からも、この3人組は全員、O型だと思われました。
また、会話の端々にうかがわれたO型特有の 親分体質 と 仕切り屋体質 。
そして、本人は気づいていないでしょうが、彼女らの、さりげない発言に O型特有の上から目線の物言い が満ち溢れていました。
自分は、許容範囲の広い、理想的な親分だ的な匂いがプンプンする発言 に、全く気づいていない様子でした。
時として、こうした発言に、B型の私はカチンとくるんですが、お人好しの多いB型の他の方は、このO型の気質に、あまり気づかないんですよね〜(笑)
【拡散希望】友人も苦しんでいる筋痛性脳脊髄炎などの難病患者の方たちの力となるために
有名人でなくとも一般市民が純粋な気持ちで発信する心の叫びに皆さんが反応行動をしてくれれば世の中が良くなると思うのです。
【拡散希望】を乱発するつもりはありません。
私は 公益に関係すること や、他の方の苦しみ などに関して【拡散希望】と記すので、原則、自分のことには載せません。
ネットなどで調べた私の にわか仕込みの知識 なので、詳しいいことまでは述べられませんが、筋痛性脳脊髄炎という病気は、未だに原因も治療法も解明されず、微熱、咽頭痛、頸部あるいはリンパ節の腫張、原因不明の筋力低下、関節障害、睡眠障害などの症状に苦しみ、重度の方は背もたれ機能が充実した車椅子に乗った生活を強いられます。
現時点で、国に 難病認定 してもらえていない病気なので、この病気に苦しむ方が身体障害者認定をしてもらえる可能性も高くありません。
超党派の国会議員が 筋痛性脳脊髄炎 に対して働きかけをしてくれているようですが、この病気に限らず、こうした事で苦しまれている方を救うための何よりもの前進は、一般市民の一人一人の ほんの小さなアクション です。
本当に小さな、1個人のアクションでも、その広がりが大きな力となり、大きな力が 行政をも動かす ことに繋がっていきます。
微力極まりない私のネット発信でも、スルーしないで読んでくれる人がいれば‥‥
読んでくれた人の中に共感してくれる人がいれば‥‥
この段階、つまり、個人の心で共感してくれただけならば、その本人(個人)は変わるでしょうが、何も世の中は変わりません。
しかし、次のアクションまで行ってくれると、少しだけ 世の中に影響を与える効果 が出てきます。
共感してくれた人の中に、Facebookならば「いいね」をしてくれた人がいれば‥‥
「いいね」してくれた人の中に、FacebookやBlogコメント欄に 応援コメントを書いてくれる人 がいれば‥‥
しかし、ここまでのアクションをして頂いても、社会を動かすまでの力 はありません。
更に、次のアクションまでしていただければ、確実に世の中に影響力 を与えることが出来ます。
コメントだけでなく、FacebooのシャアやBlogへのリンク貼り までしてくれる人がいれば‥‥
リンクを読んでくれた方が、同じように再リンクをしてくれれば、小さな発信が 大きなうねり となって、世の中を変えていけるのです。
個人にとっては、それほど大きな労力の負担になることでもなかれば、世の中(誰か)の目を恐るような大したアクションでもない筈です。
どうか、世の中に対して、人肌脱いで下さろうと思われる方は、ご協力をお願いします。
座席を譲られた老人が握り締められた千円札
東京では連日の猛暑が続き、外気の方が体温より高いのではと感じた日、私は仕事で移動のため電車に乗りました。
運よく2人+3人+2人の手すりで仕切られた7人掛けのシートに座れ、上下の作業服(ユニホーム)を着た、きっと職業は設備関係の20代後半といった感じのスマホを触っていた青年が隣に座っていました。
次の駅を電車が出発した瞬間、突然この青年が立ち上がり、この駅から乗車した老人に声をかけて席を譲りました。
「ありがとう」 爽やかな歯切れの良い声で応えた老人は、譲られた席に座りました。
シルバーシートでない一般席で、躊躇することなく即座に席を譲るこの青年の人間性 に、横にいた私はある種の感激を覚えていました。
席を譲られた老人。 少し小さな声で 「ありがとう」と 言って、前にに立つ青年のズボンのポケットに何かを入れようとしました。
老人の手には、急いで小さく折り畳められた 千円札 が握り締められていました。
断る青年に 「早く、早く」 と受け取るよう勧める老人。
「そんなつもりではないですから」 と断る青年。
「俺に恥をかかせないでくれよ。遠慮せずに、いいから。早く。」 と言い張る老人。
「受け取ることは出来ません。本当に申し訳ありません。」 頑なに断る青年。
「何を言っているんだ。君は良いことをしているんだから。早く、早く。」 と食い下がる老人。
「本当にごめんなさい。どうか勘弁して下さい。」 必死になって断る青年。
電車が次の駅に着くために減速しはじめるまで、二人のこのような、やり取りが続いていました。
次の駅に停車して、この青年は電車を降りていきました。
もしかしたならば、降りて別の車両へ移動したのかもしれません。
折りたたまれた千円札を再び直して、財布に戻す時の老人の寂しいオーラが横にいる私にも、ふつふつと伝わってきました。
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不整脈をiPhoneで調べられる無料アプリ 「ハートリズム」 良いものを世の中に紹介したい
不整脈を調べる無料アプリ「ハートリズム」を紹介したページです。
−−−−− 不整脈をiPhoneで調べられる無料アプリ 「ハートリズム」 の紹介 −−−−−
私は不整脈である心房細動を患い、幸運にも回復できた ことを、前回、このシリーズで掲載しました。
その後、毎朝、血圧計で 血圧と脈拍 の測定は続けています。
この血圧計、父が自宅介護時代に使っていた私が買った血圧計(2代目)で、毎朝、父の介護時代のことを思い出していました。
しかし、私が発症した心房細動は血圧計では測定できません。
心電図 で測定しないと、心房細動(不整脈)は解らないと、お医者さんからも説明を受けました。
今週の火曜日、朝から、ほんの少し心臓に違和感があり、再発では? と心配になり、念の為に朝、病院へ寄り、診察を受けてきました。
心電図の結果は、正常であり、心配ない とのことでしたが、心配があれば、早めに確認する大切だと思いました。
そのような中、私も知らなかったのですが、病院で心電図を測定しなくても 不整脈かどうかを判別できるアプリ があることを知りました。
慶応大学医学部に進学して、今の医学界の第一線で活躍している私の桐朋高校音楽部時代の同級生の後輩のお医者様の五十嵐健祐先生が、昨年、何と、このアプリを開発したとのことです。
ハートリズム という、このアプリは、iPhoneにダウンロードして使うもので、他に何かの測定機器を接続する必要もありません。
自分の中指を iPhoneのカメラ に当てて、脈拍を測定するものです。
10秒間、自動測定した結果が、このように結果として表示されます。(本日の私の測定結果画面です)
測定時刻と 脈拍 が表示され、その下に測定された自分の 脈拍結果 が表示されます。
中段には正常な人の脈拍サンプル、下段には不整脈の人の脈拍サンプルが表示され、自分の脈拍が、どちらなのかを見て判定し、怪しいと思えば直ちに通院して、医者の診断を受けるための行動に移れます。
こんな素晴らしいアプリが 何と無料 なのです。
測定のための付属機器も要らなければ、使用する度に 課金されることも全くない です。
しかも、測定結果は自動的にiPhoneに画像として保存されるので、測定毎の脈拍の変化を振り返ることが可能なのです。(私のiPhoneの画像保存画面より)
私のiPhoneには既にダウンロードをしたので、毎日の脈拍測定だけでなく、私の周りに何か異変を感じた人 がいれば、すぐに測定してあげることも出来ます。
このような素晴らしいアプリを開発され、しかも、無料アプリ という形で世の中に提供された、五十嵐健祐先生は、本当に素晴らしい方だと思いました。(このアプリ、病院へ行っての診察代とその労力を考えれば、有料でも欲しいと私は思いました)
そして、私が無知なこともありますが、このような 素晴らしいアプリ が、まだまだ世の中に知られていないように思います。
このアプリをiPhoneにインストールしておけば、心臓に心配のない方でも、何かあった時に安心です。
微力ではありますが、世の中に、このような素晴らしいアプリが存在していることを広めたいと思い、今回のBLOG記事を掲載しました。
誰でも無料でダウンロードできる 「ハートリズム」 のダウンロードは
→ https://itunes.apple.com/jp/app/hatorizumu-nao-geng-saino/id772332884?mt=8
「ハートリズム」 のアプリ概要(PDF)は
→ http://ochanomizunaika.com/wp/wp-content/uploads/2014/12/HeartRhythmOutline.pdf
メディア掲載の写真(新聞掲載の写真)は
→ http://ochanomizunaika.com/heartrhythm/
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今年の5月は823年ぶりの風水でいう金運上昇の「財布」という超幸運らしいです
次のような話題が駆け巡っています。
2015年5月のカレンダーを見て下さい。
金曜日が5日あります。土曜日も5日あります。日曜日も5日あります。
このようなことは823年毎に一度しかなく、これを「財布」と呼びます。
風水ではこれらを大切な人にお知らせすることで金運を招くと云われていますので、良いことは分かち合いましょう。
10人の友人に、知らせるために拡散させると本人にも、その情報を知った人にも幸せが訪れます。
ねずみ講とまでは言わないです。発信した人の悪意があったかどうかも不明です。
823年ぶりなどということは全くありません。
6年前の2009年にも、金曜日と土曜日と日曜日が各5日ありました。
5年後の2020年にも訪れます。
ある意味、ネットに氾濫する情報を鵜呑みにせず、自分で調べられる情報は調べることの大切さ を改めて実感できる、良い教訓になりました。
ちなみに良い機会なので823年前の1992年の出来事について調べてみました。
アイユーブ朝のサラディンとイングランドのリチャード1世との休戦条約が成立して第3回十字軍が終結した年です。
私が中学生か高校生の時、テレビで、この二人の戦いと友情を描いた映画を観た記憶があります。
ペルという名の犬を助けた日
父の既に脳梗塞は進行していましたが、まだ、短時間ならば、母と私が共に外出しても大丈夫だった頃の昔の話です。
私の誕生日は5月3日の祝日(憲法記念日)なので、学校で友人に 「お誕生日おめでとう」 と言われた経験がありません(涙)
なので、逆に誕生日だけは、家族と過ごす日と決めて、殆ど外出した記憶がありません。
唯一、大学生4年生の時に所属していた横浜国立大学管弦楽団の第52回定期演奏会(曲目はニールセン交響曲第4番など)が1989年5月3日に行われた、その年は外出していますが、他は家族と一緒に過ごしています。
誕生日が何曜日だろうと祝日なので、あまり変わりないように思われがちですが、日曜日になることもあります。
今年もそうですが、2009年、1998年も日曜日でした。
どうして日曜日にこだわるかというと、天皇賞が誕生日に行われるからです。
春の天皇賞は、1990年までは、何曜日であろうと、4月29日の昭和天皇のお誕生日に行われていました。
しかし、1991年以降は4月末または5月はじめの日曜日に行われるようになりました。
つまり、伝統のあるG1レースが私の誕生日に行われる場合があるのです。
今となっては、かなり昔となってしまった1998年の5月3日。
実は、その日は、天皇賞をリアルタイムで(テレビ)観戦していません。
午前中、私は府中競馬場に馬券を買いに行き、日用品の買い物に車で出掛けていた母と合流すべく、家から車で15〜20分ぐらいの場所で待ち合わせをしていました。
少し早く到達した母が、ヨロヨロして具合が悪く、車に轢かれそうになった犬を助けた……と言って、母が歩道に避難させ、元気なくグッタリと倒れこんでいる犬が、そこにいました。
首輪をしていたので、飼い犬だろうと、しばらくは飼主さんが現れるのを待っていましたが、全く現れる気配もありませんでした。
私たちが、この場を離れてしまえば、再び車道に出てしまって、車に轢かれてしまう危険がありました。
母と相談し、仕方がないので、お医者さんに診てもらうことが、生命を救うことだと考えました。
母と二人で後部座席に犬を載せ、いったん自宅へと戻りました。
その頃、近所には、日曜日に開いている動物病院はなく、当時、我が家の猫のピエスと犬のパークがお世話になっかいた動物のシャッターに、伝言を記した手紙を貼っておきました。
日曜日でも、誰か先生が病院にやってくることを知っていたからです。
いよいよ、楽しみにしていた天皇賞が始まろうかという発走の約10分前、自宅の電話が鳴りました。
休日診療の割高の料金になりますが、今からならば、この犬を診て下さるとのことでした。
犬の生命には変えられる筈もありません。
直ちに連れていき、診てもらいました。
かなり衰弱していたようでしたが、注射により、元気が回復し、翌日には、自力で、しっかりと立ち上がり、食欲も回復して元気を取り戻しました。
飼主さんも、心配されていることと思い、保護した付近に貼紙をするなど、出来る対策は、全て行いました。
しかし、飼主さんからは、連絡がありませんでした。
預かっている期間中とはいえ、名無しちゃんでは、可哀想なので、仮の名前もつけました。
くまさんのようだった我が家のパークとは違い、少し狼っぽい感じの犬だったので、ウルフの一文字を取り、ペルと名付けました。(我が家の動物たちの名前は全てPから始まります)
まだ1歳になっていなかった犬のパークは、身体は既に大人サイズでペルよりも一回り大きかったのも幸いしました。
ペルがパークに危害を加えることもなく、飼主さんが見つかるまで、2匹は庭で一緒に暮らすことになりました。
この期間、何度も保護した場合の付近にペルを車で連れていき散歩させました。
飼主さんに遭遇するか、ペルが自分で飼主さんの家に向かうことを期待したからです。
しかし、手掛かりは見つからず、日数だけが過ぎていきました。
日数が経つ従い、困ったことが日に日に増してきました。
普段のペルは、おとなしくパークや私たちに危害を加えるようなこともない良い子でした。
時にはパークと一緒に、時には単独で、毎日、楽しくお散歩にも行ってました。
元々は、パークは狭い我が家の庭ながら、少しでも自由にさせてあげようと、柵を巡らして、鎖なしで自由に暮らしていました。
しかし、ペルが来てからは、万が一、何かあっては大変なので、2匹とも長い鎖で繋ぐようにしていました。
その不自由にも、パークは我慢してくれていましたが、ペルは違ったのです。
お散歩が終わって、鎖に繋げられるのが、よほど嫌なのか、鎖に繋ごうとすると、牙を剥いて私たちに本気 で噛み付いてきました。
母も私も、凶暴な目つきをしたペルに何度も手を噛み付かれて、傷つけられました。
その時以外は、本当に良い子 なのに。
日に日に、その凶暴さが激しくなり、もう私たちの手にも、おえなくなってしまい、動物病院の先生に相談しました。
犬には帰省本能があり、保護した場所で離せば、元気になったペルは、飼主さんの家に戻る可能性が十分にあるとことでした。
飼主さんの家に辿り着く前に、保健所の野犬狩りに遭い、殺処分されてしまうことが心配でした。
野犬狩りは、原則、夜間や土日の日中に行われることはないそうです。
ただし、ペルを放すのに、車に轢かれてしまう危険が増す、夜は危険だとのことでした。
トータルで考えると、土曜日早朝の日の出の直後に、保護した場所で、ペルを離すことが最適とのアドバイスを頂きました。
念のため、該当地区の保健所に電話をして、野犬狩りの予定がないことを確認しました。
更に野良犬と間違われないよう綺麗な首輪をつけて、首輪には、我が家の電話場所もつけました。
土曜日の早朝、ペルを保護した場所の近くの車の往来の少ない場所で、離すことに決めました。
母とも最終的な打ち合わせをしました。
もしも、ペルを放した後、私たちから離れようとしなかった場合、もう一度、家に連れて帰って面倒を看よう と決めました。
いよいよ、首輪に繋げた鎖を放しました。
ペルは勢いよく、一度も私たちを振り返ることもなく、走り去ってい、視界から消えていきました。
あっけない別れ。
母も私も、この1ヶ月あまりは何だったのだろう? という、虚しさが残ったのも事実でした。
しかし、ペルにとって、これが幸せな道だったのもだろうと思うことにしました。
念のため、30分ぐらいは、戻ってくるかもしれないので、その場所に留まり、ペルを待ちましたが、遂に、戻ってくることはありませでした。
あまりにも、あっけないペルと過ごした 1ヶ月あまりの幕切れ でしたが、私たちは自宅へと戻りました。
正直、空虚感も残りましたが、無事にペルが飼主さんの元に戻ってくれることを祈るばかり でした。
3年の月日が流れました。
父の認知症の具合も相当に悪くなってしまっていました。
もう、テレビ観戦はしても、のん気に競馬場に行って観戦することなど、既に出来なくなった時期になっていました。
当時(2001年)ジャングルポケットという私の大好きな馬がいました。
とてもヤンチャで、物凄く早いのに、舌を出しながら楽しそうに走る姿が、我が家の愛犬のダブり、お気に入りの馬でした。
ヤンチャさもあり、皐月賞は3着に敗れた後のダービー(東京優駿)への参戦でした。
私はジャングルポケットが 絶対に優勝すると確信 し、応援していました。
そんな気持ちを母が察してくれたのでしょう。
「(もう、お父さんの具合が悪いから、競馬場には行けなくなるのだから)最後だと思って、府中競馬場に観戦してきていいわよ」
と言ってくれました。
母の気持ちを、ありがたく頂戴して、ダービーを観戦し、見事に優勝したジャングルポケットの勇姿を見ることが出来ました。
事実、その後、(いつか、述べる機会もあるでしょう)2008年の唯一の例外を除き、競馬場には行っていません。
その後、競馬場へ観戦しに行ったのは、父が他界し、その心の傷が少し癒えた、父が他界した翌年の2012年のことです。
ジャングルポケットがダービーを制した2001年5月27日のことです。
府中競馬場からの私の帰る時間に合わせて、母が買い物に出掛けてくれ、3年前のペルを助けた地点で合流することなりました。
3年前と同じく、合流地点に早く到着した母は、ペルそっくりの犬を連れて散歩をしている20代の若いお嬢さんを見かけたそうです。
母がお嬢さんに話し掛けたところ、次のようなことがわかりまいた。
・その犬は、3年前、姿を消してしまい、1ヶ月ほどして、突然、戻ってきた。
・鎖に繋ごうとすると噛みつく習性のためのある犬だということこと。
間違いなく、その犬はペルで、無事に飼主さんの所に戻れたという嬉しい事実 が判ったのです!
既にペルは高齢とのことで、再びペルと会うことは出来ませんでしたが、3年前の無事な帰還が確認できただけで十分、心が温かく なりました。
今年(2015年)の5月3日も日曜日です。
無事だったならば、私と同じ5月3日が誕生日の愛猫のpieceが金字塔となる20歳を迎える予定の日でしたが、残念ながら、残り2ヶ月を残して、3月2日に天国へと旅立ってしまいました。
果たして、今年の5月3日、何が起こるのでしょうか‥‥ (完)
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素晴らしい日本の文化
日本では冠婚葬祭は相当に重要視されます。
ギクシャクしていた家族関係・親類関係であっても、冠婚葬祭の報を聞き、駆けつけることで、関係が改善したという話は、数え切れないほどあります。
親不孝をして疎遠になっていた子供が、親の死の直前に駆けつけた時、「(色々とあったけれど)駆けつけてくれて‥‥」 となり、その場で、過去の親不孝を糾弾されることなど、まず、ありませんから。
その意味で、冠婚葬祭を大切にする日本の文化 は、日本の素晴らしい文化だと思います。