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自分の思いも言わずに世の中を憂いてはダメ!

微力ながら少しでも世の中を良くしたいので、思いを発信していきたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

10日ほどの間に5度もの難破に遭遇して生き残ったピーター・リチャードソンの奇跡の航海

イングランド出身の若くして親と生き別れてしまったピーター・リチャードソンは1829年10月16日にオーストラリアのシドニー港より西海岸のラッフルズワンへ向かう高速帆船マーメイド号の船員として、彼を含む22名を乗せて出航しました。



順調だった航海の4日目に、なんとマーメード号が座礁して沈没してしまい、乗っていた22名は海に投げ出されてしまいました。

海に投げ出された22人は、幸運にも近くに海上に突き出ていた岩を見つけて、必死に泳いでいき、その岩にしがみついて一命をとりとめました。



岩にしがみついて3日間も耐え抜いた22名は、近くと通った小帆船スイフトシュア号の船員に発見され、22名全員が無事に救出されました。

しかし、このスイフトシュア号も 2日後 に、強い海流に巻き込まれてしまい海岸線近くの浅瀬に乗り上げてしまい沈没してしまいました。

乗っていた32名は何とか近くの海岸まで泳ぎきり、全員が救助を待つことになりました。

今回は、とても早く 3時間後 に近くを通った快速帆船ガバナー・レディー号に救助されました。

しかし、救助された たった3時間後 に、多くの材木を積んでいたガバナー・レディー号から原因不明の火災が発生し、船が炎に包まれてしまいました。



船を捨てて全員が無事に3隻あった救命ボートに分乗して助かりましたが、総勢が64人にも増えていました。



救命ボートで漂流していた64人は、すぐにオーストラリア政府のカッター船コメット号に救助されました。

ここまで、続くとさすがに、このコメット号も再び難破してしまうのではないか ‥‥ 特にマーメード号からの乗員・乗客だった22人は内心、不安を覚えていました。

そして、この不安は現実のものになります。

コメット号は嵐に遭遇して転覆してしまったのです。



今回は急に船が転覆してしまったので、救命ボートに乗り移ることも出来ず、船の残骸の帆柱や木片にしがみついて救助を待ちました。

今度は 18時間後 に、近くを通りかかった郵便船ジュピター号に全員が助けられました。

救出され、やっと、ひと息ついた直後、ジュピター号が座礁してしまい、船底に大きな穴が開いてしまい、船が沈んでしまいました。



海中に放り出された全員は必死に近くの岩礁まで泳いで辿り着きましたが、既に総勢が128人に増えていました。



こうして助けを待っていると、今度はイングランドの客船シティ・オブ・リーズ号が通りかかり、全員が無事に救出されました。

今度の船は大きな客船でしたが、再び難破してしまうのでは ‥‥ という不安を皆が抱いていました。

そんな中で、再び事件が起こりました。

しかし、今度は沈没ではありませんでした。

この船の船医が、大きな声で、乗っている全員に呼びかけました。

「すみませんが、この中に、どなたかイングランドのヨークシャー出身の方はいませんか?」

船医が言うのは、この船に危篤状態になってしまった婦人がいて、うわ言のように、昔、生き別れてしまった息子に会いたがっているのだそうです。

既に誰が誰かの判断も出来ないほどの病状なので、婦人の死に際に、適当に昔のヨークシャー州の話をして、彼女の息子を演じて欲しいというのです。

最初に沈没したマーメード号の船員だったピーター・リチャードソンは、ヨークシャー州のホイットビーの出身だったので、息子役を演じることを名乗り出ましした。

年齢的に大丈夫だろうか? と心配して船医に質問すると、何と彼と同じ34歳の筈だとの回答でした。

これならば大丈夫だと安心して、船医に、何という名前の息子を演じればよいかを質問した時の答えが驚愕でした。

船医が指示した名前は ピーター・リチャードソン だったからです。

演じる必要など、なかったのです。

遠い昔に生き別れてしまったとはいえ、自分の母親の顔を忘れる訳がありません。

病床に寝ていたのは、ピーター・リチャードソンの 実の母親 だったからです。



このシティ・オブ・リーズ号は沈没することもなく航海を続けて港に到着して、全員を無事に送り届けることが出来ました。

そして、危篤だった婦人は、実の息子に再会できた感動で、奇跡的に命をとりとめて、その後、順調に回復して、息子のリチャードソンと、死ぬまでの20年間、一緒に暮らしたそうです。

10日ほどの短い期間に、乗っている船が5隻も沈没すること自体が異常ですが、繰り返し起きた沈没事故にも関わらず、誰ひとり死者も出ないで全員が無事だったことが正に奇跡 だと言えます。

生き別れてしまったリチャードソン母子が、再会したいとお互いが願っていた強い思いが、有り得ないような回数の船の沈没を引き起こし、奇跡の再会を果たしたのではないかと言われるほどです。

この話は、オーストラリアの連邦海運局と、ロンドンの保険会社ロイズ社に、記録として残っているそうです。
 
 
 

 
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