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自分の思いも言わずに世の中を憂いてはダメ!

微力ながら少しでも世の中を良くしたいので、思いを発信していきたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

絶対に国民が選挙権を手放しては駄目です! 全権委任法を成立させてしまった苦い歴史の教訓から学ぶべき

 


国民が選挙で選んだ為政者が実は酷い人間だったと解った場合でも、次回の選挙で、酷い人間たちを落選させることにより、過ちを正して酷い状況から抜け出ることが可能です。

よって選挙が正しく行われることが求められ、不正が行われないように目を光らせる必要があります。

酷い人間を選挙で選ばなければ何の問題もないのですが、日本に限らず、世界中を見渡しても、正直に自分の長所も短所も包み隠さずに曝け出して国民の真を問うような選挙姿勢の立候補者よりも、自分がいかに素晴らしいかという部分を上手にアピールできた人間がウケるため、当選後の実際を見て(私が投票して)当選した人が、こんな酷い人だとは思わなかった という、失望感、裏切られた感が生じることは、辞任した舛添東京都知事のケースだけにとどまらず、歴史を紐解けば、数多くの事例があることを私たちは知っています。



しかし、選挙で選んだ為政者が失敗だったと気づいても、二度と選挙が行われず、選んだ為政者の やりたい放題 で、誰も止めることが出来ずに、国民が苦しむようなことが起こったならば、それこそ、大変な事態です。

世界で初めて社会権が盛り込まれた、出来た当時は最も進んだ憲法だと言われたドイツの ワイマール憲法 の下で、このうえない酷い事態が起こりました。

第一次世界大戦で負けたドイツで敗戦した年(1918年)に出来たのが、ワイマール憲法は、人間が人間らしく生きていく権利(生存権)や誰もが教育を受けられる権利(教育権)、労働者の労働環境などの基本的な様々なことが守られる権利(労働基本権)、各種社会保障など、基本的人権が守られることなど、社会権 が世界で初めて明記された憲法で、その後の各国の憲法の模範となった、当時、世界で最も進んだ憲法と言われていました。

このワイマール憲法下のドイツで1933年の総選挙が行われた結果、第一党となったのは、ヒトラー率いるナチス党(正式名は国家社会主義ドイツ労働者党ですが、以降、ナチス党と表記します)です。

議席数2位のドイツ社会民主党の120議席の倍以上の288議席を獲得したナチス党ではありましたが、しかし、(ナチスの得票率は43.9%で)議席獲得率は 45% にすぎず、過半数すら獲得してはいませんでした。

288議席議席数1位のナチス党は、73議席議席数4位の中央党と52議席議席数5位のドイツ国家人民党と連立して組閣して、120議席で2位のドイツ社会民主党や81議席で3位のドイツ共産党を抑えて、ヒトラーが首相に就任しますが、この内閣でのナチス党の入閣者は、首相のヒトラーを含めても3人しかいません。

当時のドイツの内閣は合議制で、ドイツ国家人民党の党首で副首相となったフランツ・フォン・パーペンは、自分たちが内閣の実権を握るつもりで 「二ヶ月もしないうちに、ヒトラーは隅っこのほうに追いやられて、泣いているだろう」 と内閣成立時に親しい関係者に語っていたそうです。

しかし、当時のドイツは連邦制をとっており、全国の警察を管轄する権限を獲得できなかったナチスは、強く要求した首都ベルリンを含むプロイセン州の管轄権を獲得していました。

ヒトラー政権が成立した29日後の1933年2月27日。首都ベルリンで 国会議事堂放火事件 が発生しました。

現場にいたとされるオランダ共産党員の男が現行犯逮捕されましたが、ベルリンの警察権を掌握していたナチスは、ドイツ共産党による組織的な犯行だと公言して、国会議員を含むドイツ共産党員を国家転覆の容疑で、一斉に逮捕・勾留しました。

ナチスにより自作自演による放火だったのではないかという説も未だに強く残っている国会議事堂放火事件については、下記のURLのBLOG記事の後半部分で、詳しく説明を載せております。


http://biryoku.hatenablog.com/entry/2016/07/03/082200

biryoku.hatenablog.com


 事件の翌月にナチス党が提出した、全ての国民が選挙権を持ち行われる普通選挙により選ばれた国会議員たちによる国会で成立した 史上最悪の法律と言われる全件委任法 が可決・成立しました。(1933年3月23日)

この法律を説明すると、本来は立法権を有する国会に代わって、国会の審議を経ないで法律を作る権利を行政権、つまり為政者に与えるという法律で、為政者の作る法律は、憲法に定められた事柄に優先されるというもので、事実上のワイマール憲法の終焉、無力化を意味するものでした。

憲法とは、本来、立法府である国会で審議・成立する法律よりも上位に位置づけられるもので、例え話としての極論として、女性よりも男性の方が人数が多い日本の国会で、男性議員が結託して、女性奴隷化法なる悪法を多数決で仮に可決してしまったとしても、その法律は、日本国憲法で定められている男女平等に反する内容のものであるから、違憲に該当するので、法律として成立しないというような仕組みとなっていて、憲法は法律より上位に位置されています。

第一の問題点は、当時の最高水準と言われていたワイマール憲法には、憲法が法律より上位に位置しており、成立した悪法で憲法が簡単に形骸化してしうことを防止するシステムが盛り込まれていなかったという欠点があったことです。

第二の問題点は、議席獲得率が50%未満だったナチス党が反対政党の国会議員に対する不法逮捕と、それ以外の党へのナチス武装集団の突撃隊を使った脅迫や嘘を並べた懐柔工作により、法律成立に必要な国会議員の 2/3 の票 を確保したことです。


詳細は上の表の通りで、全件委任法に反対することが確実だった81人のドイツ共産党議員は、不法逮捕や亡命による国外避難により全員が国会に出席できず、同じく法案に反対だったドイツ社会民主党国会議員のうちの26人はナチスの妨害などにより国会に出席できず、94人が反対票を投じたものの、ナチス党以外の党も、全て賛成票を投じたため、天下の悪法と言われた 全件委任法 が成立してしまったのです。

このBLOGの冒頭で、酷い為政者は、次回の選挙で落選させれば ‥‥ と書いていますが、この法律が成立した1933年3月以降、ナチス政権下のドイツでは、(為政者を落選させることを可能とする)選挙が行われることはなかったのです。

どういうことかといえば、同年(1933年)7月にはナチス党以外の政党の存続と新党結成が法律により禁止され、11月に国会議員選挙が行われましたが、立候補できる候補者は全てナチス党員なので、選挙により為政者であるヒトラーを落選させることなど出来ません。

その後、1936年と1938年にも、ドイツでは総選挙が行われていますが、立候補者は全てナチス党員なので、ナチスへの反対意見は、決して選挙では反映されることはありませんでした。

翌1934年にヒンデンブルク大統領が死亡して、その職もヒトラーが引き継ぎ、首相と大統領を兼任した総統(F?hrer)となり、その後は、政治犯強制収容所への収監、ユダヤ人の公職追放やドイツ人との結婚の禁止(ニュールンベルグ法)や財産の没収、身体障害者への強制去勢・不妊手術の実施などの迫害、国際連盟からの脱退、再軍備化やラインラントへの進駐、第二次世界大戦への参戦やユダヤ人やスラブ人への虐殺など、挙げればキリがない数々の悪業を、国民の意向に関係なく行っていきました。

ナチスによる独裁政治は、第二次世界大戦で1945年にドイツが敗戦するまで、終わることなく続いたのですが、この悪名高い全件委任法は、あくまでも 国家の危機を乗り越えるための緊急対策法として、提出され、可決された法律であり、この法律の正式名称は 民族および国家の危難を除去するための法律 です。

法律の有効期限も、4年間の時限法案 で、ナチスは、期限延長などで、1945年まで、12年間、この法律に基づく独裁体制を続けていました。

国民主権の体制を守りぬくための過去の失敗から学ぶ歴史的教訓として、緊急時の超法規的な時限立法 という名目で、延長手続きを繰り返し実施可能で、結果として、選挙により為政者を引きずり下ろすことの出来ないような仕組みが成立してしまうようなことには、絶対に Yes を出さないことが、最も重要だと思います。

敢えてデリケートな話を述べます。

日本における憲法9条の 戦争放棄 に関する部分について、私個人は、強いて言うならば、現在の周辺諸国の状況を鑑みるならば、この部分については、無くした方が良いと思っていますが、こればかりは相手(国)のあることなので、平和を維持するために、憲法戦争放棄の条項をを無くした方が良いのか、現状維持を続けていた方が良いのか、どちらが得策なのか、正直、絶対的な自信がある訳ではありません。

また、良いことなのか、悪いことなのかも、難しい部分ですが、某国の尖閣諸島への進出が、これ以上、激しくなるようならば、憲法9条の改正を外交カードとして、チラつかせて、某国の無法者行為を牽制することに使えるかもしれないとも思います。

いずれにせよ、現在の日本において、憲法第9条を改めるべきだとの思いを抱いている人の多くも、逆に現状維持すべきだとの思いを抱いている人の多くも、最終的な願いは、平和の維持 という共通の思いであり、その実現のための方法論が、180度違っているにすぎないと私は思います。

無責任な言い方かもしれませんが、いずれが、平和維持のために、ベターな選択なのかは、やってみないと解らない部分があり、相手(国)がいるので、完全な予測など、誰も出来ない面があると思っています。

だからこそ、国際情勢の変化や予想と違った結果が出てきてしまう事態も十分に考えられ、そうした状況変化に応じて、その都度、民意がいつでも反映できる仕組みだけは、絶対に崩さない、緊急事態という名の下に、為政者が何でも出来るような仕組みだけは、決して許してはいけないと、思うのです。

このBLOGを掲載する翌日の2016年7月10日には、参議院選挙が行われます。

幸いにして、現在の日本では、誰もが選挙権を持ち、場合によっては、酷いことをする国や地方自治体の立法府である議員や国会議員から選出される国の行政を担う内閣、地方自治体の行政のトップである知事や市町村長を落選させることが出来ます。

国民主権を堅持して、民意が反映させる制度を未来永劫、続けていくために、国民が実践していかなくてはならないことは、次の2つだと私は思います。

1つは、国民全員が持つ選挙権を大切にして、各自が、真剣に自分の現在のこと、将来のことを見据えて、自らの思いを投票すること。

もう1つは、投票の集計システムに不正がないかをしっかりと監視すること。

膨大な投票用紙を1分間に何百枚というスピードで、専用の機械で集計が行われていると言われますが、人間の目では追いきれない、このシステムに誰かが不正を働く装置が組み込まれないよう、しっかりと監視できるシステムの構築などが、今後、益々、重要になってくることも事実です。


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関連BLOG記事タイトル 命懸けで投票された方の実話 (真剣に参政権を大事にしたい)
 

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私のFacebookの友人でもある夢月物語さんの亡くなられたヨガの先生が、もう助からない生命であることを知りながらも病床より不在者投票を行った選挙権がいかに大切かを教えてくれるBLOG記事です。
タイトル 命の期限知る・・・でも投票の意思

http://blog.goo.ne.jp/corgi_yume/e/36dbfb50c79859d211461a5ae6e64369

 

 

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