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自分の思いも言わずに世の中を憂いてはダメ!

微力ながら少しでも世の中を良くしたいので、思いを発信していきたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

早く逝ってしまった弟と長生きしすぎた兄 石原慎太郎氏が無駄に使った860億円の税金は批判した小池都知事の47年分に当たる

 


多くの人に惜しまれて52歳という若さで逝ってしまった石原裕次郎さんの元都知事の石原慎太郎氏の豊洲移転問題の記者会見(2017年3月3日)は、自分自身の責任逃れと他人への責任転嫁 がいっぱい、多くに人が批判しているように酷いものでした。

1000歩譲って、必死に自身の保身を訴えていたことには目をつぶったとしても、石原慎太郎氏たちによる 負の遺産 を引き継いで、一生懸命に対応をしている現職の小池都知事を批判する態度には、多くの方と同じく私も とても呆れ ました。

 

過去には、石原慎太郎氏も作家として、政治家として、数々の素晴らしい功績を挙げた人です。

 

私の表現が拙くて、意図と異なる受け取られ方をしてしまっては拙いので、先に否定しておきますが、もっと早く死ぬべきだった ‥‥ というような失礼ことを言っているつもりは全くありません。

 

過去の素晴らしい功績を台無しにしてしまうような醜態を記者会見まで開いて行ったという事実を記しているだけです。

 

小池都知事の判断もあり、豊洲への移転が行われていないことで、1日あたり 500万円 と言われる費用が必要だと言われています。

 

専門家の意見も分かれているようで、現段階の土壌汚染で移転が可能なのかどうかの専門的な判断は私には解りませんが、いずれにしても、今すぐに移転できない危険性をもたらした張本人の一人が石原慎太郎氏であることは間違いありません。

 

責任が自分にもあるにもかかわらず、小池都知事 500万円もの費用を無駄遣いする愚策 を続けていると、批判している姿は、呆れるばかりか、それを通り越して 痛々しさ すら感じました。

 

石原慎太郎氏が批判していた 1日に500万円 という額は、1年間(365日)続ければ、18億2千5百万円 という途方もない金額になります。

 

しかし、20日の百条委員会でも、その疑惑追及予想される、石原慎太郎氏が都知事時代に東京都の税金で負担することを認めたとされる 860億円 もの膨大な金額は、小池都知事を痛烈に批判した500万円を 47年にも渡り 毎日、支払い続けなければ、860億円には達しません。

 

それだけ、桁違いの税金の無駄使いをした疑惑を残したことを、自ら記者会見で語ったような愚かなことです。

 

 

 


 
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【拡散希望】 「お待たせしました!」という一言で世の中を良い方向に変えていける筈です


車同士で譲ってもらった時にハザードランプを点滅させて挨拶する日本人の気配りの文化に外国の方たちは感心・感激するようです。

教習所では教えない正式なルールではないので、一部には、これに反対している人もいるようですが、ちょっとした気配りでお互いの心が温かくなる素敵な習慣が(年数には諸説あるようですが)たった数年の短い期間で一気に日本全国に拡がり、すっかり文化と呼べるまでに根付いたと言われます。

何気ない思い遣りの心を拡散させて 日本特有の素晴らしい文化 にまで押し上げる凄い能力が日本人にはあると思います。

ハザードランプを使った気遣いのように、やり始める人が増えることで、一つの文化が形成できる可能性を思い、ネット上でも拡散してくれる方がいるかもしれないという期待を込めて、微力ながらBLOG化して掲載させて頂きます。

取り上げた題材が綺麗なものでないのが、恐縮ですが、「お待たせしました!」 と声に出して言える文化を拡げたいです。


我慢の限界を感じて飛び込んだ駅などの公共トイレには 既に長い列が出来ていた ‥‥ という辛い経験をされたことのある方も多いかと思います。

かく言う、生まれてから一度も便秘をしたことのない緩い体質の私も、このような経験を何度もしています。

他の人も同じ辛さで並んでいるのでしょうだから、自分の順番が来るまで、じっと我慢するしかありませんが 1秒でも早く自分の順番が回ってくること を願わずにはいられません。

トイレの個室に入っている人の中には、酷い下痢により排便が断続的に繰り返され、なかなか落ち着かずに悪戦苦闘が長時間に及んでしまっている場合もあると思います。

しかし、最近、多くの人が指摘していますが、不必要に長い時間、公共のトイレに居座る人間が増えてきた のではないかと思うケースが、しばしば見受けられます。

排便ではなく、トイレに座ってスマホやゲームに興じているのでしょうか? 扉は閉まっていても、何となく中の気配は伝わってくるもので、酷い下痢で苦しんでいる人の気配とは明らかに異なります。

日本人の国民性は、とても温厚なのでしょうか?

「グズグズしないで早く出てこい!」 などといった罵声が、トイレの順番待ちしている人たちから飛んでくるケースは殆どありません。

辛くても、じっと我慢して順番を待っています。

一部の心無い人たちのトイレの長時間滞在が、これ以上、拡がらないために出来ることは何かないだろうか?

反発を招く逆効果とならない良い方法は ‥‥ と、少ない知恵を絞って思いついたことでした。

(自分に出来ることは、なるべく早く用を済ませてトイレから出ることなので)トイレを出た時に、「お待たせしました!」 と待っている人たちに聞こえるように声を発するようにしました。

「お待たせしました」 という一言が、皆が辛い状況下で公共のトイレを使わせてもらっている同じ立場なのだということを自覚するキッカケになれば ‥‥ と。

この一言を言うひとが、1人ずてでも増えていき、次第に畝り(うねり)となって拡がり、日本人の文化の一つになるように拡散 してもらえれば、とても素晴らしいことだと思います。
 
 
 
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綿密に計画された作戦を実行して勝利した桶狭間の戦い

私の子供時代には迂回して少数の兵で背後から急襲して今川義元の首をとって織田信長が勝利したとされた桶狭間の戦いも、最近では正面攻撃を行い勝利したとの説が有力になってきましたが、織田信長は(本人も驚くような偶然の)幸運で勝利できた戦いであったように依然として評されていることが多いです。

しかし、私は、そのようには思いません。

歴史学者でもなく、何かの(歴史的な)証拠をもっての主張ではありませんが、後に天下統一の目前まで行きついた織田信長ほどの男が、本人さえもが驚くような幸運が転がり込んで勝利できたに過ぎないとは私には思えません。

(大名ではなく)守護代に仕える3人の有力家臣の一人であった父親の死後、守護代であった織田本家や実の弟との争い(内戦)を経て、織田信長尾張の国の約半分の支配を達成できたのは、彼が26歳の時、桶狭間の戦いの前年の1559年でした。

織田信長尾張の国の西半分を支配下に置いた翌年の1560年、既に駿河遠江三河の三国に加え、尾張の東部も支配下に収めていた戦国大名今川義元が2万人とも4万5千人とも言われる大兵力で尾張に攻め込んできました。

以前は今川義元が目指していたのは京で、その通り道に当たる織田信長のいる尾張をまずは蹂躙しようと攻めてきたと言われていましたが、最近の研究では、今川義元が京を目指していた痕跡は見つからず、大軍を擁して尾張を征服することが狙いだったという説が一般的になりました。

織田軍が動員可能だった兵力は最大でも5000人ほどだったと言われ、兵士の数の上では圧倒的に不利な状況にあったことは間違いありません。

相模の大大名の北条氏、甲斐の大大名の武田氏と同盟を結び、背後に心配がなくなった今川義元が狙ってくるのが織田信長が支配していた尾張だったことを織田信長は当然、解かっていた筈です。

大軍を擁して攻めてくるであろう今川義元に対して、織田信長は、いかに劣勢の兵力で戦い勝利するかを綿密に何通りものパターンを想定して、作戦をたてていたと思われます。

以前の有力だった、半ば破れかぶれで、少数の兵力で山道を進んでいった所、眼下に今川義元の軍を発見して急襲したことろ(偶然にも)今川義元の首をあげることに成功したのでもなければ、現在は有力となっている今川軍に正面攻撃を仕掛けたところ、偶然にも今川義元の本隊が近くにいて勝利できたのでもなく、言われているような 偶然に ‥‥ というような幸運的な要素 は、なかったと私は思います。

松平元康(後の徳川家康)が率いる前衛部隊と本隊が離れていたために、今川義元の本隊の兵力は6000名程度で、織田信長が率いて攻撃した3000名ほどの兵力と、兵力的な開きは、それほどなかったと言われていますが、ここが綿密に検討を重ねた上での、最大のポイント だったのだと思います。

予め、想定しておいた今川軍の本隊が前衛部隊との距離が離れて織田軍との兵力差が最も縮じまり、劣勢の度合が少なくなる 時間と場所が合致するポイント を狙って攻撃を仕掛けたと思われます。

それでも、数字上の強さは劣勢な織田信長が、絶対的な勝利の自信などはなかったとは思いますが、勝利できる可能性の最も高いであろうポイントに全てを賭けたのでしょう。


結果は、見事に今川義元の首を取り、総大将を失った今川軍は撤退を始め、更に奥地に攻め込んでいた大兵力を擁していた松平元康(後の徳川家康)が率いる前衛部隊が撤退してくる際にも、(ある意味で)素通りさせることで、自軍の損害を最小限に留める大勝利を収めることに成功しました。

引き揚げてくる松平元康(後の徳川家康)とは交戦しない(交戦すれば劣勢な織田軍は壊滅してしまう危険があった)ことも計算の範囲内だったのでしょう。

丁寧に綿密に様々なパターンを想定して、その対策を準備していたとしても、全てが計画通りに運んで成功することなどは、寧ろ稀で、その意味では、桶狭間の戦いでの勝利は、幸運だった と言えますが、広く言われているような、織田信長が、全くの無策に近い形で戦いを挑んで幸運にも処理したのではないだろうと私は思っています。

余談ですが、2017年の大河ドラマおんな城主 直虎」の主役の柴咲コウさんが演じる直虎の父親杉本哲太さんが演じる井伊直盛も3月5日に放送される「桶狭間の戦い」で今川方として参戦して戦死しています。
 
 
 
 
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眼鏡ショップJINSさん(株式会社 ジェイアイエヌ)の神対応に感謝

 

金曜日の東京周辺での春一番は私も今まで生きていた中で最も凄かったです。

実は、突風のため 眼鏡が飛ばされてしまう という信じられないような災難に遭いました。

私の裸眼の視力は 0.01〜0.02 ほどなので、飛ばされた眼鏡が何処に行ってしまったのか全く見えません。

腰を屈めて探すこと3分ほど、5m近く離れた場所まで飛ばされていた私の眼鏡は、人に踏まれて右のレンズが外れ、フレームも破損した無残な姿になっていました‥‥(涙)

この眼鏡は、2年位前に都内のJINSさんで購入したものでしたが、翌日、新百合ヶ丘へ行く用事があったので、最寄のJINS新百合ヶ丘店で修理が可能かを相談しました。
 
見ていただいた結果、何と、修理が可能であり、購入後2年も経ち購入した店舗でないにもかかわらず、40分ほどで無償で修理してくれるとの回答をいただきいたのです。
 
修理不能だと半ば諦めていましたし、例え修理可能でも、当然、2年も前に購入したもので有償だと思っていました。(加えて、こうした場合の修理代は高く、きっと新品を購入した方が安いことが殆どだと思っていました)

しかし、修理していただけるだけでなく、無償で修理して下さるとのことに 感激&感謝 の気持ちで、いっぱいになりました。

何らかの形で、この感謝の気持ちに報いたいとの気持ちも起こり、これも何かの縁だと思った部分もあり、スペアの眼鏡を購入することにしました!


写真の手前が無償で修理してもらった眼鏡で、奥のケースに入っている眼鏡が新たに購入した眼鏡です。
 
良心的な価格で販売しているJINSさん、壊れたフレームの一部を新品部品に交換してくれたにもかかわらず無償で対応してくれた 神対応 に感謝でした!


下記URLがJINSさんのHPです。
https://www.jins.com/jp/
 http://blog.goo.ne.jp/pizzica0912/e/6fb93531a650944a79df8f17953f0b2f
 
 


 
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病気や怪我をしていた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けてはいけない理由


私の周囲にはインフルエンザが大流行で会社を休む人が例年に比べて多いです。

病気や怪我で休んでいた人が出社してきた時に私は決して 「大丈夫ですか?」 と声を掛けません。

程度の差こそあれ、病み上がりの方が全く平気な訳はありませんから、大丈夫でなくても 「大丈夫です」 との答えを強いるような言い方をしては駄目だから、私は、そのような言葉を掛けることはしません。

私は 「大変でしたね」 と声を掛けます。

このように声を掛ければ、相手を案じている私の気持ちも伝わりますし、声を掛けられた相手は、思いのままに言葉を返すことが出来ます。

とはいえ、「大丈夫ですか?」 という言葉が、あまり適切ではないとしても、残念ながら、声ひとつ掛けらないような人も、最近、増えてきており、とても乾いた世の中になってきた気がして少し寂しいです。
 
 
 
 
 
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失礼極まりない「生前退位」という言葉を使うことを中止して欲しい

私のような単なる一国民が発言するのも失礼ではないかとの躊躇いの気持ちもあり、これまで黙っていましたが、年の瀬の陛下のお誕生日になっても以前として改まる雰囲気も見られないので、意見を述べさせていただきます。


2016年8月8日に天皇陛下が国民に向けて お言葉を発せられ ました。

陛下の(憲法上その他の)お立場もあり、ハッキリした言葉を使われずに、ご高齢となった陛下の公務について、ご意志を示されました。

ハッキリした言葉を使えないお立場の陛下の心を汲み取る必要があるにも関わらず、マスコミも政治家たちも、こぞって 生前退位 という言葉を使っていることに、私は戸惑いを隠せません。

陛下は、譲位 のご意志を示されただけで、生きているうちに 退位 すると仰っている訳ではありません。

どうして 生前譲位 という言葉を使わないのか、私には不思議でなりません。

陛下は 生前退位 などという意味のことは、仰られてなく、私は、失礼極まりないと感じます。

 

 


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家政夫のミタゾノで紹介されていた家事テクニックが凄い! 猫の毛が簡単に掃除できました

10月の新番組ドラマ「家政夫ミタゾノ」(金曜23:15から)で紹介されていた家事テクニックを試してみましたが、その効果が抜群だったので紹介させていただきます。

繊維に絡まった毛やホコリがゴム手袋で簡単に取れるのです。

ゴム手袋で擦ることで静電気が生じてカーペットや座布団に絡まっている毛やホコリが簡単にとれるという理屈だそうです。

我が家には猫がいるので、頻繁に掃除機や布テープで絨毯や座布団に絡まっている猫の毛を掃除しなくてはなりませんでしたが、なかなか大変で、正直、十分な成果があがっているとは言い難い部分もありました。

早速、昨日ほの番組の中の ミタゾノマル 秘 テクニック のコーナーで紹介されていた方法を試すため、100円ショップでゴム手袋を買ってきて、猫が好んで座る座布団を擦ってみました。


左から右へ1回、ゴム手袋で擦った写真がこれです!


こんなに簡単に猫の毛が取れました!

10月21日から始まったドラマ 家政夫のミタゾノ という番組を、正直、昨夜、私は偶然に観ました。

たまたま疲れてテレビをつけたまま、二時間以上もリビングで転寝(うたたね)してしまっていて、目覚めた時に放送されていたのが、この番組でした。

TOKIO松岡昌宏さんが家政夫役で主演しているドラマで、お笑いの要素がふんだんの面白いドラマでした。

しかも、ドラマの中に出てくる家事テクニックが紹介され、今回のBLOGで載せた ゴム手袋を使ったテクニック も番組(第2回放送分)で3つ紹介されていた家事テクニックの一つでした。


番組(ドラマ)の公式HPは下記のURLです。

http://www.tv-asahi.co.jp/mitazono/



同じく公式HP内のfont color="pink"> ミタゾノマル 秘 テクニック は下記のURLで紹介されています。

http://www.tv-asahi.co.jp/mitazono/osarai/0002/

 
 

 


 
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電解水素水整水器を我が家に入れました(日本トリム社製)


本日、我が家に日本トリム社製の電解水素水整水器を入れました。

私の身分からすれば、かなりの高額で、分不相応ではありますが、今年に入り、体調がすぐれない母に少しでも、元気を取り戻して欲しいと思い、購入を決断したものです。


整水器本体は、コンパクトなサイズです。


築30年以上のボロ屋敷のキッチンで、恐縮ですが、このような形で、蛇口と整水器を繋げてもらいました。

設置工事に来て下さった方は、とても感じの良い人柄の方だったのも良かったです。

工事を終えた後の説明も丁寧にして下さり、終了時の書類記入作成時には、我が家の猫のピチカが、工事の方に寄って行き、撫でてもらっていました。

ちなみに、pizzica は人見知りの猫で、普段、初めて会った人間に、こんな風に寄っていくことはありませんが、瞬時に 善人が否かを見分ける 猫の能力が発揮されたようでした。


早速ですが、水素水で落花生を茹でました。


まずは仏様(父の仏壇)へ。


お米(&麦)も、水素水でとぎました。


自分たちより先に、仏様へ。

とても美味しく炊けました。


久しぶりに、少しだけアルコールを ‥‥‥ 。

水素水で作った氷を入れたウイスキーの水(水素水)割ですが、お米や料理、お茶や紅茶と同じく、とても澄んだ美味しい味でした。

分不相応の高額投資をしたので、今後、少しでも、母の体調が良い方向へ向かえば ‥‥ と願う限りです。


購入した日本トリム社の製品の詳細は 下記のURLのホームページに載っています。


http://www.nihon-trim.co.jp/cm/index.html


尚、私個人は、日本トリム社とは、何の利害などの関係がなく、直感的に良いと感じた物を、清水の舞台から飛び降りる気持ち で購入しただけのことです。

 

 

 

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一般の患者と全く同じに診察待ちをして糖尿病の治療をしていた超大物政治家

誰もが名前を知っているような大物政治家にとって病気の噂は決してプラスに働かないので隠したいものです。

各種パーティーなどで飲食の機会も多く 糖尿病を患っている ことを知られたくない筈です。

1991年に重度の糖尿病だと解り、糖尿病専門の病院に入院し、その後、現在も引き続き、私の母は26年間、その病院に2ヶ月毎に通院を続けています。

その母が、以前、実際に見た間違いない話を掲載します。


待合室で順番を待っていた母が聞いた患者さんを呼ぶ名前

「※山※※さん」

あまりにも有名な名前に反射的に、呼ばれた患者さんの顔を見た母が驚いたのは、超大物政治家本人 だったそうです。

いくつもの大臣や官房長官自民党幹事長も歴任し、総裁選挙にも出馬して、次点(2位)だったために総理大臣にこそなれなかった人ですが、既に今は他界されてしまっている方ですが、誰もが名前を知っている大物政治家です。

ここまでの大物政治家でなくとも、白い巨塔のイメージなどから、それなりの権力者や金持ちは、一般患者とは異なる何らかの特別の方法を用いて 順番待ちなどせずに秘密裏に受診 するイメージがあったため、このような大物政治家が、何の特権も用いずに、一般患者と全く同じ条件で、糖尿病の専門医を受診していることに、その人間性の素晴らしさに感服しました。
 

ワイシャツの襟汚れを落とす方法


前にテレビで紹介されていて方法を実践しています。

汚れた襟に使う洗剤を選ぶだけです。


洗濯用の洗剤ではなく、食器用の洗剤です。

襟汚れはの主な原因は 油汚れ だそうで、食器用の洗剤は油汚れに最適なのだそうです。


数滴を襟に掛けて食器のように水とあわせてブラシで擦ります。

終わった後は、他の洗濯物と一緒に洗濯機に入れて洗います。

 

 

 

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リオ五輪 陸上男子 100m×4 リレーの銀メダルに感動で心が震えました


多くの日本人の方が同じ気持ちかと思いますが、若い日本人選手たちのリレーの銀メダルに心が震えました。

アジア新記録で堂々の2位でしたから、本当に凄いです。

リアルタイムでテレビ観戦していましたが、その後、その録画を何回も見返しています。


振り返れば、レース前の登場の時から、この4人の若者は、本当に 素晴らしい表情 をしていました。

アジア記録を出した予選の 37秒68 では、決勝ではメダルに届かなくなると思って各人がシューズ 1/4 〜 1/2 分、予選の時よりも早くスタートを切ることで、タイムを更に縮めようと決めて挑んだそうで、8/100 秒 縮めた 37秒60 という素晴らしいタイムで銀メダルを獲得しました。

もしも、予選と同タイムの 37秒68 で決勝を走っていたならば、4番目にゴールして銀メダルだったカナダチームより後で、他チームの繰り上がりによりもらえた銅メダルにしかならず、決勝本番で、8/100 秒 縮めたことは、とてつもなく偉大なことです。

この 37秒60 というタイムは、1984年にカール・ルイスがアンカーをつとめたロサンゼルスオリンピックでのアメリカ合衆国チームの優勝タイムの 37秒83 を上回っているそうで、個人別の力では勝る外国人選手たちが、バトンの受け渡しで減速 して、再び加速してリレーしていく中で、日本人選手たちは 減速することなく 全員が最高の走り をして勝ち取った偉大なオリンピック第2位でした。

スポーツ という大きな括りで、多くの人が趣味(実践や観戦)に挙げることが多いですが、私はスポーツは4種類に分類できると思っています。

一つは球技です。
詳しく説明をするまでもないと思いますが、球を使ったスポーツで、バドミントンやアイスホッケーなども含まれます。

もう一つは数値を競うものです。
短距離〜長距離の陸上競技や競泳、スピードスケートなどの速さを競う競技や走り幅跳び三段跳びやり投げ、走り高跳び棒高跳び、スキーのジャンプなどの距離を競う競技、持ち上げられるものの大きさを競う重量挙げなどの競技が、これらに含まれます。

もう一つは格闘技です。
こちら詳しく説明をするまでもありませんが、ボクシングや柔道、フェンシング、日本の国技の相撲も含まれます。

もう一つは美を競うものです。
シンクロナイズドスイミングやフィギュアスケート、新体操など、少し微妙ですが、体操競技も、こちらに含まれると思っています。

私事で申し訳ないのですが、実は私は球技全般に殆ど興味がありません。

子供の頃より、本当に何をしても球技は全て下手でしたし、テレビなどで観戦することも殆どありません。

しかし、逆に数値を競う競技の中でも、特に スピードを競う競技 は大好きです。

オリンピックでも、観るのは、水泳や陸上が中心です。

スポーツだというとご批判を受けるかもしれませんが、馬が大好きな私は、日本ではギャンブルが行われていることも理解せずに、子供の頃からテレビの競馬中継を楽しみに観ていました。

余談ですが、球技が下手で、超スポーツ音痴の私でしたが、短距離走だけは、小学校の4年生と5年生の時にはリレーの選手になれましたし、高校3年生の時の体育の授業での体力測定では、スパイクではない普通の運動シューズで100mを12秒9で走れたので、この分野でけは、ソコソコ人並みの力はあったようです。

日本人選手が出ていない100mの決勝でも、楽しみにテレビ観戦するような私なので、今回のオリンピックで、最も楽しみにしていたのが、100m×4 のリレーでした。

結果が出てから言っているようですが、私の予想では日本は銀メダルか銅メダル、上位に何かのトラブルがあれば金メダルまで有り得るかも? とさえ思って、ワクワクしていました。

勝ったジャマイカチームには何のトラブルもなく、逆に3位に入って失格となったアメリカ合衆国チームにも先着しているのですから、本当に凄いです。

ちなみに、アメリカ合衆国チームの失格の理由は、テイク・オーバー・ゾーン(バトンの受け渡しをするための20mのエリア)外でバトンの受け渡しが行われたことだそうです。







上にに3枚の写真を紹介させていただきましたが、下記のURLでは、これ以外にも、素敵な写真が多く載っていました。

http://mainichi.jp/graphs/20160820/hpj/00m/050/005000g/7


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ウルトラセブン第8話の衝撃的なラストのナレーションの内容


高校生の時に再放送を観て、子供番組の範疇を大きく超えるラストのナレーションに衝撃を受けたことが今も深く記憶に残っています。

メトロン星人が撃退されて、無事に解決された後のラストのナレーターの言葉。

人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。  でも、ご安心ください。  このお話は、遠い遠い未来の物語なのです。  ‥‥ え? ‥‥ なぜですって?  我々人類は ‥‥ 今。  宇宙人に狙われるほどお互いを信頼してませんから。

1967年に作られた未来を想定した物語なので、約50年経った今からすればストーリーに無理な部分もありますが、次のような内容です。

正常な人間が突然、発狂して事件や事故が頻繁に起こるようになりました。

調べてみた結果、それらの事件や事故を起こした人間は、北川駅前の自動販売機で買った煙草を吸った後に発狂することが解りました。

ウルトラ警備隊の隊員の諸星ダン(ウルトラセブン)とアンヌは、北川駅前の自動販売機が見える喫茶店で犯人(宇宙人)がやってくるのを張り込みしていました。


そのシーンがこの画像ですが、ドラマ上の北川駅とは、小田急線の向ヶ丘遊園駅です。

私は高校2年生まで、2駅手前の和泉多摩川に住んでいたので、向ヶ丘遊園駅だと、すぐにわかりました。


ちなみに、数年前に、向ヶ丘遊園駅ほぼ似たような位置から撮った写真ですが、何となく、当時の面影が残っています。


宇宙人(メトロン星人)が人間を狂わせる煙草を補充しに来ました。


ウルトラ警備大の諸星ダンとアンヌに追跡されるメトロン星人の乗る車ですが、車の後に写っているコンクリート製の柱は、向ヶ丘遊園駅から向ヶ丘遊園正門駅まで走っていたモノレールの柱です。

残念ながら2000年にはモノレールの運行も終わってしまい、2002年に向ヶ丘遊園地自体も閉園してしまいました。


古びたアパートをアジトとしていたメトロン星人ウルトラセブン(諸星ダン)が、なぜか ちゃぶ台 を挟んで会話をします。

煙草に仕込んだ薬で人間を発狂させることで、人間同士の信頼関係を壊す ことで、人類が自滅させららることが解ったと語るメトロン星人


その後、逃げるメトロン星人が乗っていた円盤をウルトラ警備隊の ウルトラホーク1号 が撃墜して、巨大化したメトロン星人ウルトラセブンが退治して、エンディングを迎えます。


ラストのこの夕暮れを背景に、衝撃的なナレーションが流れ、現在の人間は、お互いを信頼していない との警告が発せられて、番組は終わるのです。

約50年が経過した現在でも、心に突き刺さるような衝撃的な言葉 だと思います。
 

沖縄を駆け抜けた聖火ランナーたちに沿道で禁止されていた日の丸が振られて声援が送られた日


リオオリンピックの開幕が直前に迫り、4年後の2020年には東京オリンピックの開催が予定されています。

前回の1964年の東京オリンピックが行われた時、沖縄はアメリカ合衆国の占領下に置かれていました。

その当時の沖縄では、許可されていた祝日以外に日の丸を掲げたり、旗を振ることは、禁止されていて、その規則を破れば、米軍に罰せれるという酷い状況にありました。



オリンピックの開会式のクライマックスは、聖火リレーの最終ランナーが聖火台に点火する場面です。(写真は1964年の東京オリンピックの写真)



古代ギリシアのオリンポスの祭典をヒントに1896年より開始された近代オリンピックですが、最初から聖火リレーによる聖火が行われていたのではありません。

紀元前のギリシアで行われていたというオリンピアのヘーラーの神殿跡地で採火された日を聖火台に点火したことをオリンピックの慣例行事に取り入れたのは、何とヒトラーによるナチス支配下のドイツで行われた1936年のベルリン大会からです。


ベルリンオリンピックヒトラー


(1936年のベルリンでの聖火リレー

その後、聖火リレーは、聖火が通過する場所では、オリンピックが開幕する前から、大きな盛り上がり を見せる、一大行事に発展していますが、既に1964年の東京オリンピックの時にも、ギリシアから運ばれてきた聖火は、日本の全ての都道府県を通って、最終目的地の東京に到着するよう、計画されていました。

聖火リレーの最終地点が東京都だったのに対して、出発地点は ‥‥ というと、沖縄県 でした。

当時の沖縄は、アメリカ合衆国の軍事占領下に置かれていて、本土復帰を果たせていませんでしたが、聖火が全ての都道府県を通るということが決まった時、沖縄も日本の一つの県として、聖火リレーが行われる場所として、決まったのです。

下記のURLの日本オリンピック委員会のホームページに詳しく記されていますが ‥‥‥


http://www.joc.or.jp/past_games/tokyo1964/story/vol01_02.html


開会式の約2ヶ月前の8月21日にギリシャオリンピアにあるヘラ神殿跡で採火され、トルコ、レバノン、イラン、パキスタン、インド、ビルマ、タイ、マレーシア、フィリピン、香港、台湾を経て、9月7日に沖縄に到着しています。(その後、聖火は4つのリートに分かれ、九州と北海道から、それぞれ東京を目指してリレーされていきました)

9月8日から沖縄本島での聖火リレーが開始されましたが、ギリシアを出発してから沖縄までの到着の遅れや、今後の遅れを懸念して、オリンピック委員会からは、分火して先へ進めるよう指示がり、9月9日には聖火は鹿児島に空輸されましたが、沖縄に残った聖火は、その後も9月11日の那覇空港に至るまでの5日間、沖縄本島一周の総距離 247.1km、正走者・副走者・随走者合わせて3,473名の聖火リレーが行われました。



前述した通り、占領下の沖縄では、日の丸を掲げたり、日の丸を振ることが禁止されていましたが、そのような米軍の命令など、お構いなく、多くの沖縄在住の日本人が、沿道で日の丸を振って、聖火ランナーに声援を送りました。

下記のURLの沖縄県公文書館のホームページにて、当時の日の丸を振って応援する県民の写真を見ることが出来ます。

http://www.archives.pref.okinawa.jp/exhibition/2015/03/post-456.html


聖火ランナーの後に、何旗もの日の丸が写っています。


とても皮肉な写真も残っていて、ランナーが走っている後方の丘陵は、米軍の施設なのでしょうか? 星条旗が写っています。






沿道で多くの日の丸が写真に写っています。

処罰など恐れず、祖国である日本への思いを抱いて、全身全霊で応援している沖縄県の方々の写真を見るだけで、涙が溢れでてきました。

これほど大勢の沖縄県民が、規則を破って、日の丸を振って、聖火ランナーに声援を送りましたが、さすがにアメリカ合衆国の占領軍も、これらを全て黙認し、誰も処罰される人間はいなかった そうです。
 
 
 
 
 
 
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10日ほどの間に5度もの難破に遭遇して生き残ったピーター・リチャードソンの奇跡の航海

イングランド出身の若くして親と生き別れてしまったピーター・リチャードソンは1829年10月16日にオーストラリアのシドニー港より西海岸のラッフルズワンへ向かう高速帆船マーメイド号の船員として、彼を含む22名を乗せて出航しました。



順調だった航海の4日目に、なんとマーメード号が座礁して沈没してしまい、乗っていた22名は海に投げ出されてしまいました。

海に投げ出された22人は、幸運にも近くに海上に突き出ていた岩を見つけて、必死に泳いでいき、その岩にしがみついて一命をとりとめました。



岩にしがみついて3日間も耐え抜いた22名は、近くと通った小帆船スイフトシュア号の船員に発見され、22名全員が無事に救出されました。

しかし、このスイフトシュア号も 2日後 に、強い海流に巻き込まれてしまい海岸線近くの浅瀬に乗り上げてしまい沈没してしまいました。

乗っていた32名は何とか近くの海岸まで泳ぎきり、全員が救助を待つことになりました。

今回は、とても早く 3時間後 に近くを通った快速帆船ガバナー・レディー号に救助されました。

しかし、救助された たった3時間後 に、多くの材木を積んでいたガバナー・レディー号から原因不明の火災が発生し、船が炎に包まれてしまいました。



船を捨てて全員が無事に3隻あった救命ボートに分乗して助かりましたが、総勢が64人にも増えていました。



救命ボートで漂流していた64人は、すぐにオーストラリア政府のカッター船コメット号に救助されました。

ここまで、続くとさすがに、このコメット号も再び難破してしまうのではないか ‥‥ 特にマーメード号からの乗員・乗客だった22人は内心、不安を覚えていました。

そして、この不安は現実のものになります。

コメット号は嵐に遭遇して転覆してしまったのです。



今回は急に船が転覆してしまったので、救命ボートに乗り移ることも出来ず、船の残骸の帆柱や木片にしがみついて救助を待ちました。

今度は 18時間後 に、近くを通りかかった郵便船ジュピター号に全員が助けられました。

救出され、やっと、ひと息ついた直後、ジュピター号が座礁してしまい、船底に大きな穴が開いてしまい、船が沈んでしまいました。



海中に放り出された全員は必死に近くの岩礁まで泳いで辿り着きましたが、既に総勢が128人に増えていました。



こうして助けを待っていると、今度はイングランドの客船シティ・オブ・リーズ号が通りかかり、全員が無事に救出されました。

今度の船は大きな客船でしたが、再び難破してしまうのでは ‥‥ という不安を皆が抱いていました。

そんな中で、再び事件が起こりました。

しかし、今度は沈没ではありませんでした。

この船の船医が、大きな声で、乗っている全員に呼びかけました。

「すみませんが、この中に、どなたかイングランドのヨークシャー出身の方はいませんか?」

船医が言うのは、この船に危篤状態になってしまった婦人がいて、うわ言のように、昔、生き別れてしまった息子に会いたがっているのだそうです。

既に誰が誰かの判断も出来ないほどの病状なので、婦人の死に際に、適当に昔のヨークシャー州の話をして、彼女の息子を演じて欲しいというのです。

最初に沈没したマーメード号の船員だったピーター・リチャードソンは、ヨークシャー州のホイットビーの出身だったので、息子役を演じることを名乗り出ましした。

年齢的に大丈夫だろうか? と心配して船医に質問すると、何と彼と同じ34歳の筈だとの回答でした。

これならば大丈夫だと安心して、船医に、何という名前の息子を演じればよいかを質問した時の答えが驚愕でした。

船医が指示した名前は ピーター・リチャードソン だったからです。

演じる必要など、なかったのです。

遠い昔に生き別れてしまったとはいえ、自分の母親の顔を忘れる訳がありません。

病床に寝ていたのは、ピーター・リチャードソンの 実の母親 だったからです。



このシティ・オブ・リーズ号は沈没することもなく航海を続けて港に到着して、全員を無事に送り届けることが出来ました。

そして、危篤だった婦人は、実の息子に再会できた感動で、奇跡的に命をとりとめて、その後、順調に回復して、息子のリチャードソンと、死ぬまでの20年間、一緒に暮らしたそうです。

10日ほどの短い期間に、乗っている船が5隻も沈没すること自体が異常ですが、繰り返し起きた沈没事故にも関わらず、誰ひとり死者も出ないで全員が無事だったことが正に奇跡 だと言えます。

生き別れてしまったリチャードソン母子が、再会したいとお互いが願っていた強い思いが、有り得ないような回数の船の沈没を引き起こし、奇跡の再会を果たしたのではないかと言われるほどです。

この話は、オーストラリアの連邦海運局と、ロンドンの保険会社ロイズ社に、記録として残っているそうです。
 
 
 

 
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立水栓を作って便利に使う(散水栓から立水栓への改造)


我が家の庭の玄関前と奥の2箇所にあるホースが繋いである散水栓が不便だったので、前々から立水栓に改造したいと思っていました。

上の写真は玄関前の庭に作った立水栓の完成写真です。

散水栓の蛇口から水道管を延長して 立水栓 を作れば出来るのではないかと思い、レンガを買ってきました。

このレンガ、縦横の寸法比が1対2でないことと安価だったので選んだのですが、普通のレンガと比べて 歪(いびつ)なことが、あとで大変な苦労をすることになりました。

上の図のようにレンガを4つ並べて、レンガの間をモルタルで埋めて接続して積み上げていきます。

水と混ぜることでモルタルが完成するインスタントモルタルですが、水の量により完成するモルタルの濃度が違ってくるので、その割合は様子を見ながら勘で進めていきます。(理屈で何対何とやっても、あまりうまくいかないようです)

とはいえ、モルタルを扱うのも全く初めての私には、綺麗にモルタルを使ってレンガを積み上げることなど出来ませんでした。

結局はレンガを綺麗に、ほぼ正確な位置に配置して積み上げることが出来ず、写真のように汚く、歪(いびつ)な出来栄えの完成品しか作ることが出来ませんでした。

この写真も初回の作品ですが、ある程度、不細工な出来になることは想定していたので、ある意味、お客さんなどの目に触れす機会の少ない庭側を 練習台的 に作ってみたもので、この経験を次に活かせば ‥‥ と思っていました。

尚、見栄えは悪いですが、機能は全く問題なく、水滴などの漏れもなく、便利に使うことが出来ます。

さて、この次が、ある意味で 本番勝負 の玄関前の立水栓作りです。

設置予定場所で、雑草も生え放題の綺麗とは言い難い場所でした。

最初に前側の境界線としてレンガ4個を並べてモルタルで接続しました。

地中深くに根を張る雑草のドクダミも生えていたので、15cm〜20cmほど土を掘り、砂利で埋めた上にモルタルで固めました。

立水栓とその周辺部とそれ以外の場所の境目としてのレンガを敷き詰めました。

また、前回の失敗を踏まえて、レンガ4個をズレずに並べるための木枠も作ってレンガの設置に使いました。(結果論といては、この木枠は、並べる時の目安としては有効でしたが、思ったほど、役立つものではありませんでした)

4段ほどレンガを積み上げた時の写真で、中央には地面より刺した鉄筋2本が入っていて、地震時などにレンガが倒壊しないよう対策しています。

前の写真にも写っていましたが、鉄筋に沿うように針金で結んだ水道管を入れています。

後ろ側は写真のような感じでレンガの塔より水道管を出しています。

レンガを積み上げ、ようやく蛇口の高さまで来ました。

的確な場所に蛇口を収める ことには、かなり神経を使います。


また、後々、何かに役立つかもしれないと思い、100円ショップに売っていたiPhone用の金具の一部を鉄筋に結んでレンガの外に出しておきました。


少し不細工な部分はありますが、何とか無事に蛇口(2つ蛇口タイプ)を取り付けることが出来ました。


約1m離れた地中にある散水栓の蛇口に、このようにして水道管を延長させます。

ペンチでしっかりと締めることで水漏れを防止できます。

こんな感じで奥に写っているレンガを積み上げた塔の方向へ水道管を伸ばしていきす。

この水道管はフレキシブル水道管というもので、自由に曲げられるので、とても便利です。(間違えて曲げてしまうと、完全な直線には戻せにないので、注意は必要です)

こうして、水道管の延長が完成しました。

次は僕の こだわり の箇所です。

立水栓のレンガの塔の屋上部分に猫を載せて飾ります。

これ、100円ショップで見つけたもので、出来るだけモルタルで平にした上に、周囲に石を敷きました。

しかし、どうしても、隙間にグレーのモルタルが見えてしまうので ‥‥ 悩んだ挙句 ‥‥。

上からスプレー式の白いペンキを吹きかけて、上の写真のように仕上げました。

最後に後方にモルタルで固めて雑草対策をした場所に土を被せました。

この写真が、正面から見た完成写真です。

側面に出しておいた、何かを吊るせる取っ手に、タワシブラシをぶら下げました。


蛇口から出た水を排水する排水管が近くにないため、下には、石を敷き詰めてあるので、注意して出しっ放しなどにしなければ、不具合を生じることもありません。

お陰様で無事に完成し、便利に水を出したり止めたりして使うことができます!

尚、多くの方の散水栓から立水栓への改造を紹介しているサイトでは、水道の元栓を絞めて散水栓に至る蛇口から立水栓への新たな水道管に切り替え工事を行い散水栓の蛇口を取り外す工事を行っているようですが、私のような素人の者には、このような難易度の高い工事は無理なので、散水栓の蛇口はそのまま残し、散水栓の蛇口の先からフレキシブル水道管を使って、管を延長する方法を行いました。


最後に‥‥
私の場合、2つの立水栓を作るために材料などを一緒に買ったことや自分で細かく費用を記録していなかったこともあり、詳細を示せないことが悔やまれますが、ネットで見る限り、業者さんにお願いすると 45,000円程度の費用が必要のようですが、 私の場合は、1つの立水栓にかかった材料費は約1万5千円程度だった(2つで3万円ぐらいだった)ので、見栄えは別として、業者さんにお願いするよりも、安く作ることが出来ました。


完成後、既に4ヶ月以上が経過した時点での追記:
一度も水漏れなどの不具合もなく、とても便利に使っています。




( 続く )
 
 
 
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